Contest 作文コンクール

「第11回 外国人技能実習生日本語作文コンクール」優良賞

プロフィール
  • 名前: トン ティ ゴック フエ さん
  • 職種: 家具制作
  • タイトル:「やさしいうそ」

みなさんうそをついたことがありますか。偶然かわざとかは別にして、一回もうそをついたことのない人はいないと思います。子供のころから学校でも家庭でも「うそをつく人は悪い人」と教わってきました。しかし、今までもそしてこれからもうそを絶対につかないと言える人はいるでしょうか。うそは本当に悪いことばかりでしょうか。そもそも、人がどうしてうそをつくのでしょうか。
子供のころ、私の家は貧しくて両親は大変だったと思います。その頃よくお母さんと市場に買い物に行ったものでした。行くと必ずお母さんは私の好きな物を食べなさいと言いました。しかし、お母さんは私と一緒に食べようとせず、ただ笑顔で私においしいかとたずねるだけでした。そのたびに「何で一緒にたべないの」と聞きましたが、返ってくるのはいつも「おなかいっぱいでもう食べられないから、あなたが食べなさい。」といったようなもので、私はそれを信じて無邪気に全部食べていました。
仕事が終わったら、お母さんは私を迎えに来たり料理や洗濯などの家事をしたりしていました。そんなお母さんに私はよく「疲れていないの?」と聞きましたが、いつも「大丈夫。疲れていないよ。」という返事でした。当時5才くらいだった私は心の中で素晴らしいお母さんだと思っていましたが、私に心配かけないようにうそをついていたことは知りませんでした。病気ばかりしていた私にせめて好きなものだけでも食べさせてあげようとしていたのを知ったのはずいぶん後になってからでした。
私が初めて日本に来た時はすべてが大変でした。これまでに家族と離れて一人で暮らしたことがなかったので、慣れるのにずいぶん時間がかかりました。仕事や生活からくるストレスや人間関係で悩んだ時、お母さんによく電話をしていました。でもたとえ困難な問題をかかえていたとしても 、お母さんを心配させないように、明るい話題で「私は大丈夫。元気だよ。」とうそをつくようになりました。しかしそのうそはすぐに見破られてしまいました。お母さんはスマートフォン越しに私の顔をみるだけですぐに私が幸せなのか 、悩みがあるのかがわかってしまうようで、まだお母さん心配をかけてばかりいます。私がお母さんのようなやさしいうそで相手を安心させられるようになるのはまだまだ先のことかもしれません。
わたしが今回みなさんに伝えたかったことは、うそは必ずしも悪いことばかりとは限らないということです。相手のことを思って つくうそもあります。この作文をきっかけに、もう一度「やさしいうそ」について考えて見てはいかがでしょうか。

プロフィール
  • 名前: ホー スアン フォックさん
  • 職種: 畜産農業
  • タイトル:「私の夢」

私は有限会社芳寿牧場で働いています。長崎県の島原半島に全7農場あります。そこで私は夢をかなえるために技能実習生として働いています。
みなさん、夢はありますか?一言で夢といってもいろんな夢があると思います。毎日達成できる目標としての小さな夢から、一生をかけて達成したい壮大な夢まで。それを常に考えながら生活することで実現は可能だと思っています。裏を返せば、あきらめればそれでおしまいということです。日々小さな夢を達成している人でも、その小さな夢が大きな夢へとつながるものであれば、より幸せなことでしょう。
みなさんはもう夢を見つけましたか?まだ見つけていないという人もいるかもしれません。小さいころから決まったレールの上を歩き、学校を出てその まま就職し、結婚し、子供を作り、その子を育てるために働き、子供を送り出し一生を終える。そういう人には、そういう平凡な一生を送りたいという夢があるのかもしれません。はたまた日々の小さな目標という名の夢を達成させ満足を得ていたいかもしれません。
今私は低迷しています。多くの同期が技能実習生として出稼ぎをする時代。自分自身の勢いや 時代の流れもあって私も日本にやってきました。芳寿牧場で働く同僚たちともそれなりにうまく付き合えています。が一生をかはてなすべき夢が漠然としすぎていることの不安に押しつぶされそうになって います。イライラしたり、悲しくなったり気分が落ち込んだり、今迷いもがいています。技能実習生を終えた時、自分には何が残るのか?何を得ないと次に進めないのか?次といってもどういう方向にすすみたいのか?自問自答の日々です。
出口のない暗いトンネルを進むようでこのことを思うと気持ちがふさぎますか、トンネルの中で立ち止まるわけにもいかず、ただただ前進をしなければいけません。前進をして前進をしながら考えなければいけません。平凡な幸福を得たいのか?大金持ちになりたいのか?名声を死後百年に残すのか?迷っています。
最大あと4年、私は日本にいます。日本にいるからこそ得られる経験をしたいと思っています。得られるものはすべて吸収し、迷っているのちの描くことのできた夢に近づくための道具としてうまく活用していきたいと思います。
実習生の皆さん、私と同じような将来に対する漠然として不安はありませんか?夢が描けずまたはなにか修正か必要になって、はたまた夢が達成できない何かが起きたことはありませんか?
私は迷い始めましたがとにかく今目の前にあることを努力し技術を吸収することで前進をしたいと思っています。そうすることで新たな夢を設定しその夢に向かって邁進したいと思います。

プロフィール
  • 名前: グエン ティ タインさん
  • 職種: 家具制作
  • タイトル:「過去のあやまちへの後悔」

ふるさとから遠くはなれた日本にいて父と母を思い出すと、今なら自信をもって「とっても大好きです」と言えますが、直接言ってあげたことはまだ一度もありません。
私は夢と希望をもって日本にやってきました。両親の元を離れるのは初めてでしたので、出発するときはとても新鮮な気持ちでした。一緒に日本に行く他の実習生たちはご家族の方々が見送って別れを惜しんでいましたが、私は一人ぼっちの寂しさから見送りに来なかった両親に対して怒りの気持ちを抑えきれずにいました。日本に来てからは家族と連絡をとることはほとんどありませんでした。自分でもどうしてこんなことになってしまったのかずっと考えていましたが解決できずにいました。
私の毎日は、仕事を一生懸命がんばって、家に帰ったらフェイスブックを気になるニュースをチェックして寝る、という感じです。普通の実習生であれば、ここに「家族との連絡 」 が当然のように入ってくるのでしょうが、私は逆に両親からの連絡を拒否していました。「こちらは大丈夫。お金は送金した。」という最低限のメールで連絡をとり、個人的なことはほとんど語りませんでした。私はなんとか自分から両親に連絡をとろうとしてみましたができないまま、何か問題があれば妹に連絡して話をきいてもらうのが唯一のストレス解消方法でした。
ある日、いつものように妹と話をしていると、ふとしたことがきっかけで母親が大変な病気になってしまったと聞き、今までのことは忘れて思わず母に電話をかけてしまいました。病気は心配していたようなものではなくて安心しましたが、今までずっと話せなかったことが後悔の気持ちであふれてきて、ひどく泣いてしまいました。それでも母は私の話を全部聞いてくれ、私が連絡をとらなかったことに対して「怒っていない」と言ってくれました。そこで私は出国時に両親が見送りに来なかったわけを知りました。両親は事業に失敗して借金を背負っていましたが、私が日本に行くまさにその日に貸主が家族に暴言をあびせながらひどい取り立てをしてきて、家族は私の見送りどころではなくなってしまったとのです。
「寂しかったでしょ。ごめんね。」という母の言葉を聞いてまた泣いてしまいました。なぜ家族のことを理解してあげようとしなかったのかと自分を責めました。でも時間はかかりましたが家族との溝が少し埋まったのではないかと思っています。
これからはもっと素直に家族とコミュニケーションをとってお互いのことを理解するように努力して、私自身はもっと日本語をがんばって勉強し、ベトナムに帰ってよい仕事を見つけることで家族を助けていくつもりです。

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